「鬼手仏心」という言葉があります。「外科医は手術のとき,残酷なほど大胆にメスを入れるが,それは何としても患者さんを救いたいという温かい純粋な心からである」という意味です(Weblio)。動物を用いて基礎研究をするということは一見すると対象が「患者さん」ではなくなり、「動物」を手術し最終的には命までも頂くということであります。つまり「仏心」を失い「鬼手」のみが残ってしまうように思われます。しかし、そうではいけません。基礎研究もやはり「患者さん」のためなのです。ただし、その距離が少し長いので実際に臨床をするよりも少し強い気持ちで「患者さん」を見据えなければなりません。これを日々続けて研究することは確固たる意志で医療に向き合うことに繋がるため、医師としても日々洗練されていくのだと考えます。これが基礎研究をすることで得られる最も大きな財産の1つであります。このように1日1日を大切にし、私たちは主に中枢、末梢神経の研究を行っております。
最近では本学の分子細胞生物学講座と共同で世界的にも非常に貴重な脊髄損傷における脂質分析(出典1,3)、末梢神経損傷後の脊髄における脂質分析(出典7)などの報告をしております。さらに神経障害性疼痛の病態に迫る研究(出典2,4)、神経再生などについても研究しており、神経における研究については非常に恵まれた環境であります。
脊髄損傷の脂質解析(出典3)においては炎症に関わるアラキドン酸含有リン脂質が損傷によって増加して、逆に神経保護作用のあるドコサヘキサエン酸含有リン脂質が減少すると報告しました。(図1)また脊髄損傷モデルにおいて炎症性サイトカインであるIL-6をブロックするとこのドコサヘキサエン酸含有リン脂質の減少を抑えるという報告もしています。(出典1)
末梢神経損傷後の脊髄での脂質変化の分析(出典7)でも、坐骨神経損傷後にアラキドン酸含有リン脂質が脊髄後角で増加し、マイクログリアとアストロサイトの増加位置に対応すると報告しました(図2)。そして、このマイクログリアの増加は、抗炎症効果があり臨床的には抗生物質としても使用されているミノマイシンの投与で抑制されることも報告し、神経障害性疼痛治療へのアプローチにまで言及しております(出典2)。さらに痛みの発生に大きく関与する後根神経節での末梢神経損傷後の変化も同様に解析し、神経障害性疼痛治療におけるLPA(リゾホスファチジン酸)の産生抑制の重要性を強調しております(図4)(出典4)。最近ではヒトにより近いカニクイザルを用いて腰痛モデルを作成することに成功し、急性腰痛症における脳MRIの変化について報告し、腰痛治療への新たなアプローチを提唱しております。(図5)(出典6)
そして現在は主に神経再生について研究しております。当科で大学院生の指導もしている大村はアメリカのハーバード大学留学中に神経再生において重要な働きをする遺伝子を発見し報告しており(出典5)、分子生物学的なアプローチで様々な神経再生の研究を行っております。(図3)