平成29年版高齢社会白書によれば、我が国の総人口に占める65歳以上の高齢者人口の率(高齢化率)は27.3%になりました。整形外科では骨、関節、靱帯などに関わる様々な疾患を診療対象としています。特に加齢によって引き起こされる運動器の変性に起因した痛み、機能障害を訴える患者さんは多く、我々は治療水準の向上は勿論のこと、これらの運動器障害の予防にも目を向けていかなくてはなりません。我が国は男性の平均寿命が80.98歳、女性が87.14歳、男女平均では83.7歳と世界一の長寿を誇ります。しかし『健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間』、いわゆる『健康寿命』は男性平均70.42歳、女性平均73.62歳と、平均寿命との差は男性で10年、女性では13.5年ものギャップがあります。このギャップを埋めるためには、痛みなく、いつまでも元気に動ける体づくりは欠かせません。『ロコモティブシンドローム』の予防による運動器の健康増進が目標となります。
本寄附講座は、高齢者における運動器健康推進のための患者・医療従事者の教育、研究を目的に設立されました。高齢者が運動器の障害によって寝たきりになったり、日常生活動作が障害されないような治療体系を整えること、また、そのような障害を起こす危険因子を調査し、それらを予防することを研究目標としています。
長谷川 智彦
スタッフ
特任准教授 長谷川智彦 特任講師 大江 慎
主な取り組み
『Balloon Kyphoplasty (BKP)』
骨粗鬆症はしばしば『静かな病気』とも呼ばれます。自覚できるほどの症状が表れることなく、いつの間にか進行し、骨折を起こしてようやく気付くことが多いのがその由来です。近年、多くの種類の骨粗鬆症治療薬があり、それぞれ骨粗鬆症によっておこる脆弱性骨折に対する骨折抑制効果や、骨密度増加などのエビデンスを持っています。しかし、骨粗鬆症をもつ患者さんに対するこれら治療効果が期待できる薬の処方率は決して高くはありません。また、大腿骨近位部骨折に対する手術治療のタイミングは著しく早くなり、早期離床して、できる限り日常生活動作を損なわないようにするという治療方針がとられるようになってきています。
骨粗鬆症によっておこる脆弱性骨折でもっとも多いのは脊椎椎体骨折です。この骨折は従来、手術治療を必要としなくても症状が改善するとされてきました。しかし、とくに超高齢者では、体動時の疼痛が強く、離床が進まなかったり、リハビリができない患者さんもいます。また、装具療法では骨折椎体の整復は難しく、椎体が変形したまま骨癒合する場合も少なくありません。経皮的椎体形成術(BKP; Balloon Kyphoplasty)は2005年から本邦で臨床試験が行われ、良好な成績をもとに2011年から保険診療が始められた低侵襲治療です。小さい皮切で術中に骨折椎体を整復、固定できるため、術直後から疼痛緩和が得られ、日常生活動作が可能になります。本講座では、この治療方法がどのような高齢患者さんに最適なのか、医療経済に与える影響を含めて研究していきます。
整形外科学講座では愛知県北設楽郡東栄町、および東栄病院と共同で、高齢者に対する疫学研究を2012年から行ってきました。高齢者における脊椎変性、変形性関節症、骨粗鬆症性椎体骨折などの疾患が健康に関連したQuality of Life (QOL)に与える影響などを調査し、性別や年代別にそれらの病態がどのように進行するかを研究しています。また、それぞれの生活様式や職歴、運動習慣の有無などによっても健康度に違いがあると考えられ、四肢・体幹の体組成や骨密度など、体質によっても健康寿命が異なると考えられます。現在は運動指導の介入によって、これら高齢者にどのような有益性があるかを研究しています。